ゆるかわ日記

両親の在宅介護をするために実家に移住しました。母を見送り、今は父と暮らしています。ゆるやかに好きなように生きています♪

親の死に目に会えないということ

ゆるかわです。

訪問ありがとうございます。

 

 

私は昨年、母の死に目に会うことが出来ませんでした。

 

 

そのことで、いろいろ思ったり、考えさせられました。

 

 

私のように、親の死に目に会えなかったことで

ずっと心がもやもやしている…

という方は多いかもしれません。

 

 

 

ちなみに今はしっくりくる答えが見つかり

落ち着いています。

 

 

母が亡くなった時

私、父、私の娘で駆けつけました。

 

 

明け方、施設からの電話で

母が急変したことを知り 

急いで車を走らせました。

 

なんとしても 父と母を会わせたい…

気持ちでした。

 

 

でも…この時、父と娘には言っていませんが

実はこの日の深夜

母が私のところに来たのです。

(私はそう確信している)

 

 

 

この前日

私と娘はロングショートの母に会ってます。

 

危篤から復活したばかりだった母は、

少しだけ元気になっていました。

(声は出せないが、声がする方に首を動かせるようになっていた)

 

 

それがすごく嬉しくて

すごく安心して

ついつい…夜中までPCを張り切ってしまって(笑)

 

気づくと深夜になっていました。

 

 

急に頭が痛くなって

(なんで?もう寝よう)と布団に行き

 

布団に入ろうとした瞬間

肩をトントンたたかれる感覚…

(え?今なに?)

 

 

怖くなってすぐに寝ましたが、

そこから2時間足らずで

施設からの電話で起こされて

 

さっき肩トントンしたのは母だったんだ…

と直感した瞬間、とても悲しくて涙が出ました。

 

 

もう母の死に目には会えないかもしれない…

 

でも、父を会わせなければ…

と思って車を走らせました。

 

 

病院に着いた時

母はもう息を引き取った後で

 

家族の誰も母を見送ることは出来ず、

「一人で逝ってまった」と父は言いました。

 

 

でも、母の身体はまだ温かく、

手を握り、身体をさすり

沢山 声を掛けました。

 

母には聴こえていると思いました。

 

 

・・・・・

 

 

母の葬儀を終えて

しばらくは、母のことばかり考えていました。

 

 

なぜ死に目に会えなかったんだろう?

 

看取られずに逝った母はさみしい思いをしていないだろうか?

 

 

・死に目に会えないこと

・看取ること

について 色々なものを読み

(ブログ・質問サイト・動画など)

自分の中で納得のいく答えに辿りつきました。

 

 

 

全ての人が

「看取ってほしい」

「家族に囲まれてあの世に行きたい」

と思っているわけではないということ

 

 

思う人もいるけど、思わない人もいる

 

 

「泣いてすがられるのが嫌だから、一人でそっと逝きたい」と思う人もいるそうです。

 

 

ふと、自分だったらどうだろうか?

と考えてみました。

 

 

私も泣いてすがられるのは嫌かも。。

逝きづらくなると思いました。

 

 

残された側は

死に目に会えなかったことにこだわります。

 

でも、亡くなる方の目線で考えてみると、

違った答えになるかもしれません。

 

 

昔から、死に目に会えないのはよくないこと

という風潮がありますが

 

これは残された側の考えだけで言っていることかもしれない、と思いました。

 

 

普段、考えもしないことを敢えて考えてみることで

 

旅立った母がどんな気持ちだったか…

少しだけわかったような気がしました。

 

 

最後までお読みいただきありがとうございました

 

母のこと

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